ボサノヴァの「ヂサフィナード」(調子外れ)な歌い方

アストラッド・ジルベルトの歌を聴くと、ジョビン/ニュートン・メンドンサ作のDesafinado(ヂサフィナード=調子はずれ)が思いうかびます。
「音痴といわれて傷つかないわけはない、音痴の人間にだってハートがあるんだ」、歌のうまい下手は問題じゃなく心が大切、という歌詞の曲です。
他ジャンルにはないような、ヘタウマ寸前の(ビブラートせず、わずかな声量で、不安定な音程での)歌い方は、ボサ・ノヴァならではで、しっかりした音程で自由自在に声をコントロールして感情たっぷりにビブラートをかけて歌うのがうまい歌手だ、という従来の常識に反しています。

「ゲッツ/ジルベルト」が有名なせいもあって、ボサノヴァ代表として挙げられることも多いジルベルト元夫婦ですが、力を抜いた優しい歌い方といっても、アストラッドとジョアンには、計算された芸人のボケと天然ボケのような違いを感じます。
ギターを弾きながら、拍と前後してつぶやくように歌って、揺りかごのような独特の心地よさを出すジョアン・ジルベルトは、周囲に流されずひたすら自分の音楽の世界を追求し続ける、職人気質すら感じる根っからのアーティスト。彼の音楽にはあの歌い方がぴったりで、必然性を感じます。

その抑制した優しい声の出し方に関しては、チェット・ベイカー(甘い顔と声、歌うと時々音程がフラッとなるあたりも母性をくすぐるといわれたというジャズサックス奏者・歌手)を思い出します。実際、ジョアンがチェットの歌い方に影響を受けたという説もあるようです。

アストラッドの方は、ナラ・レオンに教わったりジョアンを見たりしながら何となく歌って、プロデューサーに売り込んだら、舌足らずの英語と可憐な声と見た目の可愛いさも手伝って、アメリカで「これぞヂサフィナード!新しい!」となって、ボサノヴァの女王と呼ばれるまでになった感じです。勘のよさと行動力が鍵かもしれません。

音痴でもいいという発想は、他の音楽を考えると革命的な気がしますが、力をぬいた自然なヴォーカルはボサノヴァによく合い、絶妙な組み合わせに思えます。ワインとチーズ、寿司とわさび、ブランデーとチョコ、浴衣と下駄のように。

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